家庭を小さな理想の国に!

 私たちがあらたにこのスローガンを採用したのは、人間形成において家庭が果たす役割がどんなに大切か、お父さん、お母さんにあらためて気づいて欲しいという願いからです。皆さんに家庭を小さな『国』と考えていただき、しっかりと治めることや、家族という国民を幸せにする『国づくり』に取り組んでいただきたいからです。

 

 いま、さまざまな社会問題の報道にふれるとき、その背後に『日本の家庭は危惧すべき状況にあるのではないか』という共通の懸念が浮かび上がって見えてきます。

 イギリス、オランダ、日本、三カ国の子どもたちをそれぞれ、いじめが増える小学四年から中学三年まで六年間追跡調査した結果が国の機関から報告されていますが、その中の『いじめを目撃したときどうするか』という項目で、日本の子どもたちの危うい特徴が明らかとなりました。

 イギリスとオランダの子どもたちは、中学生になり大人に近づくにつれ、いじめを目撃したとき間に入っていじめを止めようとするとする『仲裁者』が増え、見て見ぬふりをする『傍観者』は減少しましたが、日本の子どもたちには逆に『仲裁者』が減り『傍観者』が増えたのです。

 日本の子どもたちだけが、社会の一員としての自我が育っていくはずの時期に、正義感と行動する勇気とを失っていったのです。

成長とともに正義感を失ってゆく日本の子どもたち

日本の子どもたちを歪めるのは誰か

 いじめが社会問題としてクローズアップされたのは1980年代のことです。「葬式ごっこ」というキーワードでいまも記憶に鮮明な事件でひとりの少年が自ら命を絶って以来、国を挙げていじめ問題に取り組んできたはずですが、事件からおよそ30年経った2015年、学校によるいじめの認知件数は過去最高を記録しました。いじめ問題は30年間、一歩も前進していないのです。

 法律も教育委員会や学校の取り組みも、いじめをなくすことはおろか、減らすことさえできませんでした。

 無力だったのは家庭も同様です。

 子どもは親の鏡と言います。それが正しいのなら、命の大切さ、他者を思いやる気持ち、正しいことを行動に移す勇気といったものを、家庭の大人たちは、子どもたちにきちんと示すことができていないといえます。

 それどころか、見て見ぬふりをすることが大人になることだと、知らず知らずのうちに教えてしまっているかのようでさえあります。

 悪いのは子どもたちではありません。

 子どもたちをきちんと導いてあげられない大人です。

 いじめによる事件が起こったとき、責任を追求されるべきはまず親でなくてはならないはずです。

 「葬式ごっこ」事件では、最後まで少年の自殺といじめとの因果関係は認められることがありませんでした。

 

 当時、学校や教育委員会の隠蔽体質が問題視されましたが、先ごろの横浜市のケースでも、被害者の子が150万円もの大金を遊興費等に払わされたことについて横浜市の教育長は「いじめと結びつけることはできない」との声明を出しました。(※)

 他にも、教師や学校、教育委員会が、いじめがあったことを認めなかったり、子どもの自殺といじめとの因果関係を認めないと発表をおこなった例は枚挙にいとまがありません。

 30年間、教育現場の体質は変わっておらず、世間一般のひとが持つ常識が欠落し、自らの落ち度や非を認める潔さを、まるで持ち合わせていないようにしか見えません。

 

 責任回避と事実隠蔽ばかりに腐心するような先生や学校から、いじめの仲裁に入る正義と勇気を、子どもたちが学べるはずなどありません。

 子どもの安全のためといい、マンション内で子どもとの挨拶を禁じてしまった自治会がありました。児童公園には子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿はなく、不審者出没を警告する看板と禁止事項だらけの注意書きだけがむなしく立っています。

 子どもたちはかつて、善良な大人たちと関わりを持つ中で、コミュニケーションやことの善悪、社会というものを学んだのではなかったでしょうか。

 子ども同士が傷つけ合う事件を見ると、もっと家庭にできることはなかったのだろうかという悔恨の情と、疑問とが湧いてきます。 加害者となった子の家庭では、子どもにもっと命の尊さ、大切さを教えてあげられなかったのだろうか。思いやりや慈しみのこころを育くんであげられなかったのだろうか。そして被害者となった子の家庭では、子どもの危機をもっと敏感に察知して、早い段階で救いの手を差し伸べてあげられなかったのだろうかーーと。

 そろそろ私たちひとりひとりの大人が、真剣に考えるべきときがきているのではないでしょうか。子どもたちを正しく導くのは大人の責任であり、まず家庭が果たすべき役割なのです。

(※)後日、横浜市教育委員会は批判を受けて教育長の発言を撤回し、金銭授受はいじめの一部であったと発表した。

家庭を小さな理想の国に

 昔、それぞれの家庭にはユニークなルールが存在していました。

 

 父親が食卓につくまでは、絶対に誰も料理に箸をつけてはならないというルールが存在する家庭がありました。

 

 食事どきにはテレビを消すことがルールになっている家庭もありました。

 

 子どもたちの門限が厳しく決められていて、破ると中に入れてくれない家もありました。

 

 子どもの仕事の分担が厳に決められている家もありました。  

 

 個々のルールだけを見れば、今の世の中にそぐわないものやナンセンスに見えるものもあります。しかし家のルールを守るという習慣を通じて、約束や秩序、道徳といったものの大切さ、またそうしたものに対する敬意や規範意識、家族を通してみる人間という存在、命の重さ、犯すべからざる神聖なものの存在といったものを家庭で学ぶことができました。

 

 それらはすべて、他のどこでも教えてはくれないものばかりです。命の大切さ。社会の一員として正しい行動を取ること。勇気を出して正義を行うことーー。

 そんなひととして基本的な、大切なことを子どもたちに教えるのに最も重要な役割を果たすのが家庭なのです。

 

 私たちはお父さん、お母さんに『王様』や『大統領』や『総理大臣』になっていただきたいのです。そうして独自の『法律』をつくって大切なことを子どもたちに教え、ユニークな『行事』で絆を深めながら、楽しく幸せな『国』をつくっていただきたいのです。

 

 そうしていつか日本中が、独自の規範に従って良心と勇気とを十分に育んだ幸せな『国』で満ち溢れたならば、そのときほとんどの社会問題はきっと解決しているはず。

 

 家庭が変われば、社会が変わるのです。

 インドの貧しい人々に生涯を捧げたマザー・テレサは、ノーベル平和賞受賞の際、世界平和のために何をすべきか訊かれ、こう答えました。

——家に帰って家族を愛しなさい——。

 

 社会をつくっているのはひとつひとつの家庭です。良い社会の実現とは、社会が良い家庭ばかりで満ち溢れることなのです。

 

 どうかこのスローガンーー家庭を小さな理想の国にーーにご理解とご賛同をいただき、理想の国をつくる運動に、私たちとともに参加していただけますことを、こころよりお願い申し上げます。

『キッズファミリー・ぐぅちょきぱぁ』125号掲載

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